〜「農民とともに」No.95〜



八千穂村健康管理
一酸化炭素中毒
 2年目になると、健診にも少し慣れてきて、会場整備も改良されてきた。もうもうと煙るいろりの火を見かねて、役場の間島さんが各会場に炭俵を配ってくれた。
 しかし煙いのからは解放されたが、どうもムカムカと調子が悪い。診察室から出てきた寺島医師の顔も真っ青だ。炭火による一酸化炭素中毒になったようだ。
 何しろ蚕の共同飼育所でもある公民館は、風が入らないように目張りがされている。ここで炭火をおこして何時間もいるのだからたまらない。インターンのM医師は頭痛と吐き気に、とうとう耐えられずダウンしてしまった。Sさんも外でゲーゲー吐いている。
 戸外は零下5度以下だから窓も閉め切って、換気など考えていられなかった。しかし、外へ出てみると、その空気の清々しさが症状を急速に改善してくれる。以来「頭痛を感じたら外で深呼吸」が治療法になった。

お祭のような健診

診察を待つ村人と、よもやま話
 鷽の口地区では泊まりで健診をすることになった。雪の不安を思えば、3日分を泊まりで2日にした方が能率も良い。ちょうどここの公民館は、夏には林間学校をやっていて、中二階が宿泊できるようになっていて、台所も広く設備が整っていた。
 夜になると、村の婦人会の方々や区長さんたちが、たくさんのご馳走を持ち寄ってくれ、ビールの栓が抜かれて、賑やかに酒盛りが始まった。
 村の男衆の冬の狩猟の手柄話には、身を乗り出して聞き、イワナ釣りのコツに笑い転げ、出されたおいしい料理の作り方などの話に花が咲く。ついに踊りや隠し芸まで飛び出し、井出秀郷さんはお得意のカンカン娘を踊り出した。 
 外はしんしんと雪が降っており、村の人たちとの触れあいで、お祭のような楽しい時がすぎていった。


雪に閉ざされて
 松井地区の健診ではとうとう雪に閉じこめられてしまった。大雪で迎えの車が下から上がってこれなくなり、私たちが夜道を国道まで歩くことになった。 
 暗い雪の路、身体が冷え切らないように、皆で腕組みをすると自然と歌い出していた。「農民とともに」や「ともしび」「黒い瞳」などのロシア民謡、歌謡曲など知っているのを何でも歌っていった。
 みんなでこんな風に歩くと連帯感がわいて、誇らしい気分にもなる。充実した気分でいつしか国道にでると、懐かしいジープが待っていた。

問診のとまどい
 受付の問診では、健康台帳に沿って卵や肉を摂る回数、酒・たばこなどを聞く。「新聞は毎日読むか」とか、精神環境として「家庭内・対外的・政治にはそれぞれ満足か不満か」などという項目もある。かなり立ち入った内容で、聞く方も聞きづらいが、当人は近所の人がそばにいれば、当たり障りのない返答をすることになる。
 反省会の時、ある指導員が「食事の問診はあそこではダメだな、おら家もそうだが、卵は病気の時ぐらいで、週に何回なんてとらねぞ」と、気がかりでいたことを指摘してくれた。そこで、食事も自覚症状と一緒に、カーテンの中の血圧のところで聞くことにする。

病人には往診健診
 穴原の健診でのこと、衛生指導員の渡辺一明さんが、雪道を隣のおばあさんを背負ってつれてきた。「風邪っぽいし、雪で嫌だ」というのを、ようやく説得して来てもらうことができたという。
 これにはみな感激し、指導員会で相談し、これを機に病気で家にいる人には、診察の切れ目を利用して、訪問診察の「往診」をすることになった。
 この日衛生指導員の案内で訪ねた家は、天井が高く構えが立派で大きな家である。しかしそれだけに土間が広く、かまどや風呂が据えてあって、これに続く居間の温度はほとんど外と同じくらい寒い。
 市川医師は聴診器を自分の脇の下で暖めて、おばあさんの襟の間からそっと胸の音を聞く。カゼは大したことはなく、暖かく寝ていればよいのだが、むしろ血圧がひどく高くて、放っておけない状況である。紹介状と処方箋を書いて、家族の方に病院へ薬をもらいに行ってもらうように、手配することになった。うまく外来で受け止めてもらえるよう願いながら、細かくかかり方を説明する。

結果報告会に力を入れて
 3月初旬に全地区の健診が終わると、大急ぎで結果をまとめる。
 健診はその結果をどう活かすかが大事なので、再び地区を回って結果報告会をするのである。地区ごとに問題がわかるようなグラフや、主な病気への注意などを図に示し、健康教育として力を入れる。

熱心に話を聞く大石地区の皆さん
 預かっておいた健康手帳に各人の結果を記入してこれを返しながら、結果の見方や数値の意味などを説明する。何しろ2人に1人は何らかの病気を持ち、高血圧が25%、胃腸病、神経痛などの運動器疾患も多く、回虫卵保有率は27%もある。しかも異常の8割が我慢型や気づかず型で、医者にかかっていない、いわゆる「潜在疾病」である。
 大門・高根の会場には約200人もの参加者が集まっていた。
 自分たちの地区の回虫卵が村で1位だとか、高血圧が何番目に多いなどとグラフで示されたりすると、会場はざわざわとどよめいて、医師の話を熱心に聞いている。「だから健診は結果が出たときからが出発で、この1年どう過ごすかで、来年の結果が楽しみになるんですよ」と松島医師が締めくくると、みんな納得とうなずいて、夜の更けた会場を後にして行った。
(かんとりい・とりお)

 この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。