佐久総合病院ニュースアーカイブス  







 この間まで元気だったばあちゃんが、先日他界した。パーマっけのない、清潔そうなショートカットの、フサフサした白髪あたまが上品だった。いつも明るい花柄のエプロンを掛けて、ときどきやちほの家へやってきた。「何かやることはねぇかい。あったらやらせておくれ」と、じっとは座っちゃいられない性分であった。
 長年の商売気質が、すっかり板に付いてしまったばあちゃんには無理もない。ばあちゃんは、来る早々玄関に入ることなく、目に付いた庭の草をむしり始める。おぼさんが痛いのだろうか、お尻を空の方向に突き出して、片肘を膝に置いて体のバランスをとっている。「まぁ、まぁ。中へお入りなんし」「ハイ、ハイ。あちゃごめんなんし」。
 中では、見慣れた娘の背中があわただしく動いている。その背中に誘われてお勝手に入っていく。慣れた手つきで、今日の人数分の湯飲みを準備し、魔法瓶を居間へ運ぶ。「ちっと、手を休めてやっとくれ」「ハイ、ハイ」と、とにかくばあちゃんの返事が気持ちいい。返事をしながら、すでに取り込まれた昨日の洗濯物に、もう手が出ている。
 お皿に一点盛りした、いろいろなおかずを、形を崩さぬように、端から丁寧に手をつける。「美味しい。あぁ幸せ、幸せ」若い頃に比べ、すっかり小食になったばあちゃんは、「残りは夕飯に食べるよ」と、シワシワになった両手を合わせる。ばあちゃんは、以前作った素敵な詩を、やちほの家の人たちにも披露してくれた。

ひとつとせ
人も知らない苦労して
何度腕組みしたことか
くじけちゃいけない
この仕事
いつかは春が来るだろう
自分の心に言い聞かせ
前に前にと進み来た
これも一重に皆様の
おかげと心に感謝する
ふたつとせ
振りも身振りもかまわずに
心ゆくまで働いた
子持ちの頃を思い出す
夢中で食べたあの頃の
野菜のカブツが
懐かしい
みっつとせ
見たり聞いたり苦心して
問屋の小言を聞きながら
あっという間に3年目
笑顔で働いてくださる
みなさんに
感謝の気持ちで胸いっぱい
よっつとせ
夜昼追われる野沢菜に
昔の母を思い出す
お金は使えば減るけれど
「ズク」を使えば
増えるぞと
言って聞かされた母親に
感謝の気持ちで
胸いっぱい
親の意見となすびの花は
千にひとつの無駄もない
(作・はる子)
 長いようで短い人生。これからをどう生きるかは、通ってきた道につながっている。