佐久総合病院ニュースアーカイブス  






 ばあちゃんが調子を崩してから3年目に入った。19歳で嫁いできたばあちゃんは、大百姓の担い手だった。いつも、田畑へ行くのは夫とではなく、お祖父さんとだつた。小柄なばあちゃんは、ゴムそこにもんぺ姿。50のバイクの荷台には、鎌や鍬柄がついていた。 青々とした稲が風に揺れている中、ばあちゃんは小さな体を左右に伸ばし、5〜6通りずつ田の草を掻いていく。水面が濁り揺れている。稲は、田を這えば這うほど大きなかぶつに成長するという。 ばあちゃんの家の子育ては姑が担い、買い物や調理などは、もっぱら勤め人の夫が担っていた。ばあちゃんは、婦人会の役員のほか、踊りやコーラス、大正琴に旅行と趣味も多く社交的であった。どちらかというと、先頭に立つというより、みんなの中に混じって楽しんでいる性分だったようだ。ばあちゃんを知っている人は誰もが「とってもやり手で働き者だっただよ」と口を揃えて言う。
 3年前の春、今年も7反歩の田んぼの準備にと400箱の種を蒔き、苗床が青々としてきた矢先、「今年から田も畑もやらない」という夫の唐突な宣言に、すっかりショックを受けてしまった。ばあちゃんの家は、玄関を開けると、すぐ田んぼが見えるようになっている。それからというもの、ばあちゃんは玄関を開けて外へ出ることができなくなってしまった。
 今まで軽い脳梗塞をやった以外は、若い頃からの便秘症があるくらいで、至って健康で小言のなかったばあちゃんの口から「頭がグラグラするだよ」「足がヨロヨロするだよ」「いつも目がパッチリ開いて眠れねぇだよ」「寒くていられねぇよ」「おしっこが出ないだよ」と、イモヅルのごとく訴えが続く。こたつに座り込むと、根っこが生えたように動こうとしない。立ち始めると同じ場所で足を踏み続ける。「足が勝手に動いちゃうだよ」ばあちゃんから吐き出された言葉の最後には、決まって「困ったよ」「困ったよ」が続く。ばあちゃんのからだは至って健康なのだけれど、ばあちゃんはほとほと困っているのである。
 そんなばあちゃんの言葉に、夫はひたすらいくつもの病院や歯医者、整骨院へと連れ歩く。昨日は○科、今日は○整骨院に○医院と、机の上には山ほどの薬の袋がそのままである。3年前の古い薬も含め紙袋2袋分処分した。しかも、ばあちゃんの口にあった10数本の歯も、いつの間にかなくなっていた。「入れ歯を紛失した場合、6カ月間は新しい入れ歯は作れません」という紙が、無造作に広げられている。一時的な関わりだけの生活支援だけでは、なかなか思いどおりにいかないことが少なくない。
 ばあちゃんがやちほの家へ来てから半年になる。迎えに行くと、きちんと支度をして、なぜか閉まった戸のすぐ目の前で立っている。「今日は行かないで留守しているかな」ばあちゃんは「そんなこと言わないでね。みんな待っているから行こうよ」という私の慰めの言葉を待っている。「じゃ留守番していておくれ。来たくなきゃ休みなぁ」と返す。ばあちゃんは「やだよ。さぁ行くだ。姉ちゃん荷物を持っておくれ」と動き出す。宅老所でのばあちゃんは、カルタ取りもまめ運びも、しりとりゲームも誰よりも一番にできる。ばあちゃんは言う、「何にもできねぇだよ。困ったよ」と。