〜「農民とともに」No.133〜




八千穂村健康管理
親子二代の佐々木村長
 平成15年9月、3期12年にわたって務められた高橋秀一村長さんに代わって、新しく佐々木定男村長さんが就任された。佐々木村長さんは、健康管理の初期に村長をやられた佐々木庫三さんのご子息。親子二代にわたる村長さんとは珍しい。
 佐々木村長さんは、就任にあたって、「健康で長生きするために佐久病院とともに歩んできた村ぐるみの健康管理には、長い歴史と村民の熱い想いがある。衛生指導員を中心に、推進員、住民のみなさんといっしょに、さらにこれを進めていく。そのために、これらの組織はずっと堅持していきたい」と述べた。
 ご父君と似て、もの静かな語り口だが、その奥底には、固い信念と決意が伺えた。

人生観が変わった
 衛生指導員たちは、相変わらず劇の練習に余念がない。恒例になっている福祉と健康のつどい(従来の健康まつりが、最近はこう名前が変わっている)での劇の上演が、10月19日に迫っているからだ。

衛生指導員と推進員との合同会議
 今回の劇は、「痴呆と家族」。痴呆についての劇は今までも何回かやっているが、痴呆性高齢者が増えていることもあって、今回も痴呆の問題を取り上げた。脚本はやはり高見沢佳秀さんの書き下ろし。今回は、今まで裏方ばかりやっていた指導員会長の吉沢さんが初めて出演するというので、練習にも熱が入る。
 いよいよ当日。出演者の熱演で劇は大いに盛り上がった。衛生指導員になって3年の間に、皆の演技が向上しているのには驚く。今回の配役には指導員の他に、女性の健康づくり推進員(以下推進員と略)が2人加わった。
 その中の1人、佐藤千代子さんは37歳の長女役をやった。62歳になって初めて劇に出たのだという。後で佐藤さんはこう語る。「今までは人の後ろに付いていて前には出なかったけれど、私をこんな大勢の中から選んでくれてとても嬉しい。劇に出て人生観が変わった」と。
 たまには指導員が裏方になって、こういう方々に表に出てもらうことはとても大事なことだ。別に、よい演技者をみつけるということではない。表に立つことによって、その人の人生観を変えてしまうこともあるのだ。これも健康教育の一つといえようか。

後ろからサポートする
 佐久病院にも何回か見えたことのある医師のスマナ・バルアさん(パングラデシュ出身)は、地域と教育の会の全国集会での講演でこんなことを述べている。
 「これは、中国の偉大な教育者、晏陽初(1893〜1990)の詩です。
 『人々の中へ行き、人々と共に住み、人々を愛し、人々から学びなさい。人々が知っていることから始め、人々が持っているものの上に築きなさい。しかし、本当にすぐれた指導者が仕事をしたときは、その仕事が完成したとき、人々はこう言うでしょう。我々がこれをやったのだ』。
 教育者の哲学だと思います。学生が自分たち自身で努力しているのだ、と感じるくらい、教師は表には出ずに後ろからサポートするのです。(後略)」と。
 これは主に教師を前にして語った言葉だが、健康教育に携わる者にも、当てはまるのではなかろうか。担当者は脇役になって、常に住民を主役に導くのである。

衛生指導員にまかせて
 役場の佐々木衛生係長さんも衛生指導員に対して、上からこうしろ、ああしろとは言わない。ある程度、衛生指導員にまかせて、自分は側面からサポートしている。衛生指導員は自分でやったと思っているが、実際は係長さんの目論見どおりに事が進んでいる。
 「係長は女性をまとめるのがうまいじゃん」と指導員副会長の内藤恒人さん。「いや、男をまとめるのがうまい」と、元会長の茂松さん。「最近はいいように乗せられているね」と現指導員の篠原始さん。勝手にいろいろ言っているが、みな納得している。「だけど、やはり女性のほうがいいね」と係長さんがつい本音を。指導員や推進員が自発的に仕事ができるように、裏から支えているのはたいしたものだ。行政はこうでなくてはいけない。

自ら黒子役になって
 最近は、衛生指導員も分かってきたようだ。自ら黒子役になって、推進員や住民を表面に立てようと考えている。

研修旅行のバスの中で(中央が恒人さん)
 大石区の衛生指導員の篠原始さんは、福祉と健康の集いの目玉になっているブロックごとの研究発表で、従来のように指導員が発表することはせず、推進員が分担して発表するように仕組んだ。
 始さんは言う。「女性は引っ込み思案になりがちだし、自分からマイクを持って喋って発表する機会が少ないからね。1人ひとりを表に出すように考えた」と。「マイクを持たせれば、みな結構よく喋るね。始さんは推進員をヨイショするのがうまいんだよ」と恒人さんは半分やっかみ顔。ある程度任せるということで、皆が生き生きとしてくるのがよく分かる。
 「始さんて、最初に会ったときは、どこかのヤクザかと思ったけれど、つき合ってみると、若々しいし真面目だわね」と八巻保健師さん。そういえば、吉沢さんにしても恒人さんにしても、若々しく推進員にはもてるらしい。
 研修旅行のバスの中で、恒人さんが女性に囲まれている写真がある。どう見ても20代に見える。「あれでくわえ煙草がなかったらもっと良かったね」と誰かが言ったので皆どっと笑った。笑い声は、ドアを振るわせて、秋空へと忙しく抜けていった。(完) (かんとりい・とりお)

 この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。