〜「農民とともに」No.130〜



八千穂村健康管理

アル中の例を題材に
 高見沢佳秀さんが、「酒は涙か生きがいか」という劇をつくったのは平成4年のことである。その年の八千穂村敬老会で、衛生指導員OBを中心とした公民館演劇クラブによって初演され、その後、平成6年と14年に福祉と健康のつどいで再演されている。
 そもそもこの劇をつくったきっかけというのは、当時衛生係だった須田秀俊さんが、「近くにお酒に浸りきりの人がいて、家族がとても困っている。なんとかアル中の問題を取り上げて、皆の関心を高めてもらえないか」と、プランを持ってきたことによる。

衛生指導員ほかによる劇「酒は涙か生きがいか」
 その頃は、劇のテーマとして、お年寄りの在宅介護の問題がかなり続いていたので、高見沢さんも大賛成、早速表題の脚本が出来上がった。例によって、アル中の父親が毎晩酒浸りで、夜遅く泥酔して帰ってくる。家族が「そんなに飲むと体に悪い」と忠告しても、一向に聞き入れる様子もない。そのうち暴力を振るうようになる。しかし最終的には家族や親戚の人たちの努力で、父親は改心して酒をやめるという筋書きである。

酒を飲めば本音が出る
 つまりここでは酒の「涙」の部分を描いたのであるが、もちろん高見沢さんは酒の効用もちゃんと心得ている。衛生指導員の小林茂松さんが会長になったとき、高見沢さんから、「何か問題が起きたときは、必ず皆で集まって酒を飲め。そうすれば必ず本音が出てくるから」と言われたという。これを茂松さんは忠実に守った。最近では、月1回の衛生指導員会が終わると、誰言うとなく、「じゃあ、行くか」と皆で飲みに行くのが通例になってきている。もちろん指導員会にいっしょに出ている佐久病院の八千穂担当も同じだ。
 飯島郁夫さん(現事務長)が健管センターに医事課から移ってきたのは昭和49年である。すぐ八千穂担当になって指導員会にも出るようになった。その時、若月院長(当時)から、「多少経費がかかってもよいから、地域活動をしっかりやれよ」と言われた。飯島さんは、これを「地域の人といろいろつき合っていくには酒を飲まなきゃ駄目だよ」と解釈した。

飲み屋は村中全部歩いた
 衛生指導員とは面識がなかったので、最初はお互いに顔も分からなかった。指導員会に出ていろいろ話したり酒を飲むうち、次第に心安くなっていった。よく飲んだのは、小宮山則男、今井恭夫、岩崎正孝さんたちである。とくに会長になってからの高見沢さんとは、しきりに飲むようになった。
 月1回の指導員会を含めて月に2、3回、多いときは4、5回もいっしょに飲んだ。そこで話の主題となるのは、いつも衛生指導員のあり方のことである。「指導員の活動はどうあったらよいのか」「指導員会をまとめていくにはどうすればよいのか」など、誰もが悩んでいたことだった。
 2人は、八千穂村の飲み屋は全部歩きつくし、さらに佐久町、臼田町へも足を延ばした。何回も飲み屋へ通ううち、飯島さんは、飲み屋にいる猫の顔は全部覚えてしまったという。その中で、「衛生指導員は、住民代表として各担当地区で会合や学習会を開き、住民の健康意識を高めると同時に、そこで出た意見を役場や病院へつなげ、住民主体の健康管理をつくりあげること」という、高見沢イズムが出来上がっていった。

酒でコミュニケーション
 病院の八千穂担当と衛生指導員たちとが、あまりにも親しく何回も飲んだりするので、役場からは、「ありゃ、病院の衛生指導員だ。役場のもんじゃないぞ」というやっかみの声も聞かれた。

平成15年の病院祭で発表したパネルの前で
 しかし、それも須田芳明さんが保健衛生係長になり、続いて佐々木勝さんが後を継ぐことになって、次第に消えていった。これには2人の積極的な取り組みもあったが、もう一つは酒の力があった。2人とも指導員会の後の飲み会には必ず出るようにしたのである。これで指導員とのコミュニケーションがよくとれるようになった。
 実のところ佐々木係長さんは最初は戸惑っていた。佐々木さんは15年前に設計士として役場へ入った。建設畑をずっと歩いてきて、10年目になって急に異動となり、保健衛生係長を命ぜられた。保健衛生といっても経験がないし、よく分からない。役場というところは課が違うとやっていることがよく見えないのだ。おそるおそる課長に聞いたら、「衛生指導員といっしょにやるところだ」と言われて一瞬跳び上がった。
 衛生指導員と役場とはかつていざこざがあったことがある。うまく衛生指導員をまとめていかねば、これは大変なことになる。「これはえらいところへ来た」と思った。

看護師はみな豪傑だね
 だが、指導員会の飲み会に毎回に出るようになって、お互いに打ち解けて話ができるようになった。いろいろ話を聞くのも、これは勉強だという気持ちだった。
 小林茂松さんは、「酒を飲まない奴とは本音で話ができねえ」とはっきり言う。幸いなことに2人とも酒好きだった。「須田芳明さんや佐々木勝さんが飲みに来てくれて、本音で話し合えるようになったのは嬉しい」と、内藤恒人さんをはじめ指導員たちは皆口を揃えて言う。今では衛生指導員の信頼が最も厚いこの2人である。
 佐久病院の八千穂担当も積極的に付き合った。「やはり、佐久病院の力って大きいね」と佐々木さんが感に堪えないように言う。この中には酒の力も入っているらしい。衛生指導員の篠原始さんもこう言う。「佐久病院の看護師はみな豪傑だね、酒飲んでも凄い」と。まさか全部が豪傑とはいえないだろうが、サケ病院の名だけは汚してはいないようだ。
(かんとりい・とりお)

 この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。