〜「農民とともに」No.120〜




八千穂村健康管理

観光開発よりもドックを
 昭和61年ごろから、八千穂村では「八千穂高原開発構想」が進められていた。ゴルフ場を含めた観光開発である。その理由は、開発によって自主財源を確保したいということであったが、当時は南北佐久地区を通じて、スキー場やゴルフ場をつくることが一種のブームになっていた。
 早速、藤田観光らが乗り出してきたが、これをいちばん危惧したのは、八千穂村議会の小椋茂議員であった。議会が開かれるたびに執拗に質問を繰り返し、その経済効果には疑問があるとし、また八千穂村の美しい緑と水が破壊される心配があることを訴えた。
 その代わり、以前から八千穂村では健康管理の村をうたっているのだから、がん対策として、人間ドックを全員にやったらどうかと提案した。八千穂村では健康管理を始めて30年近くにもなるが、まだがんによる死亡者が年間8人から10人は出ている。日本一健康で長寿の村を目指すならば、まずがん死亡をなくすことである。さらにがんで手遅れになると、1人で数百万円の医療費がかかる。もし1人助ければ、それだけの国保医療費が助かるではないかというのである。
 これはなかなか説得力のある意見であった。議会でいろいろ論議の末、佐々木村長も最終的には賛成し、観光開発は中止、人間ドックをすすめることになった。

35歳以上に村民ドック
 問題は人間ドックの財源をどうするかということであったが、別荘地を貸し付けるということで、なんとか確保できるという見通しがついた。そこですぐ、63年度から実施と決まった。
 あまりにも早い決定に、衛生指導員も佐久病院の担当者もびっくりした。以前に一般検診から集団健康スクリーニングに移行するときは、1年間かけて、やるかやらないかと随分論議を重ねたことがあったからである。

佐久病院の日帰り人間ドック
 そのときは佐久病院からの提案であったが、今回は村からの要望である。住民課ではそれを受けて35歳から69歳の約1000人に実施することにしたが、人間ドックは、新しく八千穂村に開業した八千穂クリニックの青木医師にやってもらうことにし、佐久病院は従来の検診を続けてやるというふうに、一方的に決めてしまった。
 驚いた衛生指導員たちは、「なぜそのように決めたのか」と質問したら、衛生係は「そのほうがやりやすいから」と答えた。そこで「受ける側の意見を聞かなくてもいいのか」「もっと住民の意見を聞いてほしい」と指導員たちが反発した。

ドックは費用がかかるが

胃カメラ検査を行う青木医師
 もちろん佐久病院も人間ドックは以前からやっていたし、十分受け入れられる態勢は整っていた。それに検査設備の整っている病院のほうが、本来は人間ドックに適している。
 一方、人間ドックは最高によい検診だが費用がかかるし、村の健康管理を進めていくには、暮らしも直しながら、がん検診や婦人検診や、その精検も含めて、年間にわたって各検診の都度、いつも自分の体をチェックしていくチャンスがある集団検診と健康教育のほうが、より適しているという点もある。だから、ドックをいきなり村の健康管理にするのはどうなんだろうかという意見もあった。
 だが集団検診だけでは、がんの早期発見は無理な点もある。岩手県の沢内村でもドック式の検診をやっていて効果をあげている。がんの早期発見にはぜひ人間ドックをという村の意見も、もっともな点がある。それに最近は勤め人が増えてきているので、一回で検査がすべてできる人間ドックのほうが便利だと衛生係は主張した。

指導員会も意見が真2つ
 衛生指導員の間でも意見が真2つに分かれた。「人間ドックはいちばんいいから、すぐにでも進めるべきだ」という意見と「いや、個人負担のこともあるし、もう少し住民に説明し、よく検討してからのほうがよくはないか」という意見があって議論が沸騰した。
 たまたま衛生指導員会の勉強会に出ていた佐久病院の井医師が、「人間ドックもいいけど、集団検診にもこんないいところがあるんだよ」と説明したところ、ある指導員が「あんた、何を言うんだ」と食ってかかった。「ドックがいちばんいいのに決まっているじゃないか」と口論になり、もう少しで喧嘩になりそうであった。あわてて、飯島郁夫さんが止めに入るという一幕もあった。
 人間ドックをやるという村の方針が、討議が十分でないまま、あまりにも早く決まってしまったので、衛生指導員にも病院側にも若干のとまどいがあったのは当然だったろう。

1年おきに実施と決まる
 いろいろ議論があったが、結局人間ドックは1年おきに、従来の総合検診と交互に、佐久病院と八千穂クリニックの両方でやることに決まった。どちらを受診するかは住民の選択にまかせるというものであった。住民の意向が考慮されたのはまあよかったといえる。
 問題は経費だが、日帰りドックの費用3万2千円のうち、個人負担は1万円、国保からさらに7千円の補助があるので、加入者は3千円の負担ですむことになった。わずかな費用でドックが受けられるとあって、総合検診と合わせた受診率は飛躍的に向上した。今まで集団検診を受診しなかった人が初めてドックを受診した例もあり、未受診者の掘り起こしには役立ったといえよう。
 しかし、1年おきに受けたとしても、村の負担は毎年平均約1500万円と相当大きいものであった。つい1年前に財政難を理由に、衛生指導員会を止めるといわれた指導員たちには、なにか割り切れない感じが残った。

(かんとりい・とりお)

 この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。