〜「農民とともに」No.112〜


八千穂村健康管理

松川町の実践活動を見学
 衛生指導員たちは、健診が始まると、いかにして受診率をあげるかということに心血を注いだ。たしかに「村ぐるみの健康管理」というからには、受診率が低くては話にならない。
 しかし健診活動を通して、指導員たちの誰もが悩んでいたのは、「住民の健康意識はまだまだ足りない。それを高めていくやり方はなにかないものか」ということだった。ちょうどそのとき、県厚生連健康管理センターのスタッフから松川町の「健康を考える集会」の見学をすすめられた。健康管理センターは、全県で集団健康スクリーニングを進めていくなかで、早くから松川町での実践活動に注目していたのである。
 そこで、指導員会長の小宮山則男さんを先頭に、副会長の青木秀夫、高見沢佳秀、佐藤義隆、今井恭夫さんら10人が見学に行くことになった。それに役場からは、飯出保健婦さんが加わった。昭和55年の暮れのことである。

自主的な学習活動に驚く

自分たちで考案した防除衣を発表する
4Hクラブのメンバー
 松川町は、伊那谷のほぼ中央にあり、梨、りんごなどの果樹栽培が中心の農村地帯である。人口は1万3千人ほどだが、比較的専業農家が多い。ここでは住民の自主的な学習活動がさかんで、それぞれテーマを決めて学習グループをつくり、取り組んでいる。
 そして、年に1回、それぞれの取り組み発表の場として、「健康を考える集会」を開催している。指導員たちが参加したのはその第5回目の集会だった。
 行ってみて指導員たちはまず驚いた。集まっているのは若い青年男女が中心だ。よく聞いてみると、青年団、4Hクラブ(農業後継者の会)、青年学級など青年たちの意欲的な活動と実践が推進力となっているということだった。それに町のあらゆる婦人組織が提携していっしょに取り組んでいる。
 もうひとつ驚いたのは、学習グループが20もあることだった(後には50を越える)。テーマは農薬、農作業、成人病、食生活、環境、健康管理、医療など多岐にわたっている。
 面白いのはグループのネーミングだった。「血圧を楽しむ会」「通風の会」「2.3gの会」など。通風の会というのは最初、痛風の誤植かと思ったがそうではない。痛風・高尿酸の人がつくった会だが、通風の方が何となく痛みは軽そうだ。2.3gの会というのは、脳卒中後遺症を持つ人の集まりだが、昼食の塩分の量を示している。ともかく、皆がなんとなく楽しそうに学習している様が伺える。

際だった若妻会の活動
 発表は20題近くあったが、その中で若妻会の「子どものむし歯」の取り組み方がすばらしかった。ある日の若妻会の集まりで、子どものむし歯が多くて困っているという悩みが出された。そしたら実は私の子どももそうなんだという声が次々と出た。そこで皆で自分の子どもの歯を調べてみようということになった。
 実態調査の結果、3歳児で70%、4歳児で90%、7歳児で100%のむし歯保有率だった。この実態は、保育所や小学校などの検診統計に頼らず、3カ月かかって自分たちで実施するという回り道を選んだが、そのことの意味は大きかった。自分たちで調べる調査は、1人ひとりの自分の子を自分で調べることなので、そのことがむし歯に対する一人ひとりの関心を高めるという結果を生んだ。
 なぜこんなに高いのかという声が出て、各自の体験から意見交換した結果、「それはおやつではないか」ということになった。そこで今度はおやつの実態調査をやることになった。

予防対策も自分たちで
 調査の結果、おやつの与え方は多彩で、甘いものが48%を占めていた。与えているのは、母親が76%、祖父(母)が20%だった。若妻会の会長さんは、「いちばん与えているのは母親だったという結果を見て、子どものおやつをコントロールできるのは、自分たちだって分かった。自分たちがもう一度考え直さなきゃということになった」と語る。

松川町での「集団健康スクリーニング」から
 そこでアンケートの結果を資料として学習が続く。「おやつを与えるのは母親だけではないし、おじいちゃんや近所の人にも協力してもらわねば」「砂糖がなぜむし歯をつくるのか、みなで調べてみよう」という声が出た。それからおやつの与え方についての意識調査や砂糖の害について学習が進んだ。その学習の中で、砂糖は歯ばかりでなく、内臓までも悪くすることを学んだ。
 子どものむし歯を予防するには母親が中心にならねばならないが、住民全体に理解してもらわないと効果が上がらないということで、予防対策のためのスライドをつくり、これを持って若妻会では町全体を上映して回った。

帰りのバスは討論会
 予防のためのスライドやパネルを保健婦さんの手でなく、自分たちでつくって町中回ったということがすばらしい。町の保健婦は、上からなんでも与えることをせず、分からないことについてアドバイスしたり、質問には答えるという形で、あくまでも黒子役に徹している。衛生指導員たちはこの発表を聞いて、ウーンとうなった。「自主的な活動がすばらしい」「学習の教材は全部自分たちでつくっていて、よく勉強している」「人から教えてもらうんではなく、自分たちで学習して問題をつかむことによって、本当に自分たちでやらなきゃという気持ちになる」。
 指導員が次々と感想を述べる。帰りのバスの中は、いつのまにか討論会となった。これは途中での夕食時も含めて、村に着くまで延々と三時間続いたのであった。(かんとりい・とりお)

 この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。